No3. 投資と投機
                      98.10.16   藤島公平


 投資は産業資本や商業資本に資金を提供し、産業や商業・サービス業の事業を活性化させる。この場合、労働者には雇用と給与収入が生じ、企業には利益が生じ、投資家には配当が生じ、それぞれが利得を得る。広い意味では、健全な融資も(健全とは後述する投機目的でないという意味で)同じ効果をもたらす。これらは資本主義経済の正常な発展段階においては通常の姿であったはずだ。

 それに対して投機は、為替、株式、債権の市場相場の変動に目をつけ、安く買い、高く売ることで利益を得るのが目的である。そこには高く買ったものを安く売らざるを得なかった敗者と、利益を得た勝者のどちらかしかいない。つまり誰かが儲かったということは誰かが損をしたということである。まさにギャンブルである。それが狭い範囲でやられるのであればまだかわいいが、これが国家的又は世界的規模で行われるとなると、ギャンブルに加わった覚えのない、正常な経済活動をしている企業や普通の生活をしている庶民にも跳ね返ってくるので重大だ。

 これらの代表がヘッジファンドといわれる一部の大金持たちの集団だ。彼らはこう言うだろう。「資本主義は自由が原則であり、金融の自由化、規制緩和は当然であり、その中で投機によって利益を上げるのは正義である」と。

 しかし資本主義は自由が原則としても例えば、他人の財産を侵す自由は許されていないし、正常な経済活動を侵す自由もないはずだ。自由という原則の影には一定の規制がある。彼らヘッジファンドの連中が安穏と暮らせるのも、他人の財産を侵すことができないという法律によって守られているのである。もし昔であれば、まず一揆が起こって打ち壊しの対象でしかないだろう。つまり彼らは一方で法律の規制のもとで財産を守られながら、一方で規制を破ることで莫大な利益を受け取っている。

 彼らは中南米、アジア、ロシアの遅れた市場に大量の資金を投入することで、それらの市場で一定の活況をつくり出した。しかし二階に上げておいて梯子をはずすがごとく、潮時を読んであっという間に資金を引き上げてしまう。そこには唖然とする企業家と国民が取り残され、一気に倒産や貧困にたたきおとされる。まさにヘッジファンドの「通ったあとには草木も生えない」という不況の連鎖が世界を襲っている。

 それでは、このような投機行為に対して打つ手はないのか。日本でバブルが盛んな時期に政府は「総量規制」ということで不動産投資などの資金のパイプを細くすることでバブルに終止符を打ったことがある。その政策決定があまりにも遅かったためにバブル崩壊後の後始末が深刻さをより増したと言えるが、いずれにしてもそのような政策がやる気になれば打てるのである。

 いま世界的規模で動き回る、まさに「資本主義の生んだ妖怪」ともいえる、ヘッジファンドの扱うホットマネーの動きを封じることが大切である。そのためには、国境を越えて動く短期資金に対して世界的に一定の税金を課することも一つの手段である。もしくは、一定期間(例えば3−5年)以上の滞在を条件規制とする手段もある。勿論世界的に手を組んでやることが必要だか、一部には組しない国も出てくるだろうが、その様な国が少数であれば、ヘッジファンドが一時的にその様な国に集中しても旨みがなくなればすぐに引き上げていくことは間違い無い。彼らにとって必要なのは「自由に」国境を越えて資金を短期的に動かすことであり、その範囲が狭まれば「総量規制」と同じ効果を生むだろう。

 そしてそれらのヘッジファンドも短期資金を動かす旨みが薄れれば、いずれにしても利益という餌を食わなければ生きていけない妖怪だから、徐々に本来の投資へと向かい、妖怪から普通の姿にもどることだろう。

 しかし、ヘッジファンドの火をつけたアメリカ政府やIMFにはできない政策だろう。またアメリカに追随してきた日本にできる芸当ではない。いま望みの綱は、EUの統合によってそこの発言権が増すことにあるように思う。

 いずれにしても時間的に急ぐ必要が有り、打つ手が遅れればまさに世界恐慌となり、過去の例でもあったように恐慌から抜け出す手段はファッシズムと戦争しかない、といった事態が来ないとも限らない。 



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