No14. 商店街活性化の原点
=そもそも商店街は必要なのか=


                       99. 8. 6  藤島公平 

1.商店街衰退の一般的原因

  ・大型店の進出
     大型店の進出に対しての危機意識が弱く、対応が甘かった。       (規制緩和は商店街に何をもたらしたか………別紙参照)
  ・コンビニ・ミニスーパーの展開
     日曜雑貨、生鮮三品(最寄り品)の店が商店街から撤退
  ・モータリーゼーションの進化への対応の遅さ
     遠くの駐車場に止めてでも買いに来るだろうというおごり。
  ・商店街周辺地域の地価の上昇で消費者層である住宅地の郊外化
     消費者が地理的に遠のいていった
  ・商店街経営者の旦那意識の弊害……マネージメント能力の欠如
     旧態依然とした経営態度、来客の動機付けの努力不足
  ・地域住民の地域意識の希薄化……祭りの観光化又は衰退の弊害
     祭りとは元々、地域共同体の絆の強さを確かめ合う場だった
  ・役所、金融、通信等の中心機関の撤退
     そこが絶対に必要な場所でなくなった
  ・東京の物まね、お役所依存の街並みづくり
     全国どこにいっても同じ様な街並み。「金はお役所、知恵は中央     の『先生』まかせの街並みづくり」  

2.最近の商店街活性化の傾向

 最近、商店街の衰退の中で各地で様々な活性化の努力がなされている。私はこれらの努力を揶揄するつもりはないが、何か一本、心棒が通っていない気がしてならない。以下に、私の知る範囲で現在すすめられている活性化のパターンをまとめてみた。

・商店街の観光化方式……既存の古い街並みを資源に観光化をはかるか、もしくは街並みを、例えばノスタルチックな基調で統一してしまうなど。
 しかし、よほどの観光地でない限り、一時的にマスコミ等で取り上げられるうちは良いが、観光客をターゲットにしていては、本質的な解決にはならないと思う。

・空店舗対策と合わせてアンテナ店舗の出店方式……アンテナ店舗を若い経営者を中心に頑張って出店している。
 しかし、商店街全体としての支援が弱く、またそこから何の情報を得て、それをどう活かすかの方策が不鮮明である場合が多い。しかも空店舗対策資金が打ち切られると一機に沈静化してきている。

・商店街に核店舗となるような大型店の誘致方式……大型店に格安の土地を用意し誘致して来客数のアップに努める。
 しかし、採算が合わなければアッという間に撤退するのが大型店の特徴。不況の中で核店舗が撤退し、一発で大打撃となっている例があちこちで聞かれる。

・商店街のモール化方式……商店街が業種の垣根を越えて共同で営業と販路の拡大を、商店街の外に向けて働きかけている。地域に能動的に関わるやりかた。
 他の方式と比べて一番積極的な方式だと思う。しかし、商店街全体の総意とするのは困難なようで、どうしても一部の有志によるものとになりがち。

・商店街立地の改善方式……交通アクセスや駐車場の確保など来客ルートの拡大につとめる方式。
 しかし商店街地域は地価が高く、権利関係が入り組んでいて、用地の確保が困難なのが現状であるのと、常にお役所頼みのために他人事意識になりがち。

3.商店街問題の根本的視点

・私は商店街問題を考えるときに、なぜ、その地域がかって地域の中心点となったのか、またその後も中心点としてあり続けたのか、の理由の解明がまず大切だと思う。
 なぜ地域の人々がその地に集まり、従ってそこに商人集落(商店街)ができたのか。   
 つまり、そこに「地域」というものがあり、「地域住民」が存在するから、従ってそこに「商店街」が存在する意味があったのである。
 ではそこに本当に今も「地域」はあるのか、それはどの程度の広さか、それはどの程度の緊密さか。
 ではそこに本当に「地域住民」はいるのか、それはどんな考えを持った人達か、どんな収入を得ている人達か、どんな生活スタイルをしている人達か、どんな物を買いたいと思っている人達か。   
 もし、それらのことがはっきりつかめない状態になっているのであれば、そこの商店街の存在意義は既に失ってしまったと言ってもよいのではないかと思う。

4.商店街の存在意義は

 イ.一般的意義 
 製造業の従事者も農業の従事者も、そして同じく商業の従事者もみな所得者であり、同時に消費者である。日本に住む人口に比して、収入を得ることのできる従事者が減るということは、外資の購入を除けば、日本経済における消費購買力が低下するのは誰の目にも当たり前の理屈だ。したがって日本経済の為にも、何らかの産業に従事している人口が多い程良いことになる。従って小資本の商業の隆盛も大切な分野である。
 また郊外まで買物にいけない、主に老人を中心とした、古くから住んでいる周辺住民にとっては無くてはならないものである。

 ロ.商店街の成り立ちからの意義
 では、ある地域に密集して商店が存在する意味はどこにあるのか。
 昔、商店街は市(いち)から発展したところが多いはずだ(戦後の闇市も含めて)。市には付近の農村から生活物資が持ち込まれ、市で物々交換から始まって、貨幣を仲立ちとした売買へと発展する。市では農村への農機具や生活用品が作られ 売られた。つまり市は一方的に「売る」ところではなく「買い取る」ところでもあった。また最新の情報を「得られる」場でもあった。
 さらに武士階級も扶持米をもって市にきて生活物資・用品を買っていき市は益々発展していった。
 そして市には貨幣の両替をする業者や品物を保管する倉庫業者、遠隔地の品物を商う仲買人や卸問屋、遠方の商人が泊まる旅篭など、直接製造や販売に関わらない業者が生まれ、より複雑な構成になっていった。
 そしてその地域はどの階層にとっても「生活の為に必要な場所」となった。それが商店街の原点である。  
 つまり商店街の原点は、@ただ「売る」ところだけでなく、何かを「得る」ところであること。A「生活の為に必要な場所」と感じる人が周辺に多くいること。Bそこでは各地の情報が飛び交い、文化交流の場でもあったこと。

 ハ、商店街を中心にした祭りの発生
 昔から祭りは、村の鎮守の祭りに代表されるように、農民の豊年を祈る儀式から出発したものが多い。ところが近年、町の商人達の資金力によって、より豪華な祭りが主催されはじめ、商人と祭りは切っても切れないものになってきた。
 ただその場合、神事とか、共同体の交流という意義よりも、良く言えば、お客様への謝恩的な意味あいがあり、悪く言えば、商売の儲けの大きさを誇示する場であった。
 だから祭りは豪華さを競い、寄付の多さを誇示するものとなっていく。そして近在の農民やその他の者は、見物人になっていって、誰でもが参加する祭りとはいえなくなっていく。(最近では客寄せのイベントとなっていて、商人の勢いは減退し、祭りの資金までも行政頼みにまでなっている次第だ。)
 いまよく商店街の衰退は祭り文化の衰退につながるという人が多い。私も商売人の家に生まれ、街の祭りで育った人間なので街の祭りには愛着がある。しかし私は商店街を中心とした祭りが「祭り文化」とまでいえるのだろうかという根本的な意味での疑問をもっている。それは当時の商人達が考え付いたある種のショーであって、現代版のクリスマスやバレンタインデーとあまり変らないのではないかと思っている。
 祭りとは元来、地域共同体の全員が参加し、楽しむなかで、交流を深め合う場だと思っている。したがって地域以外の観客はいらないのである。地域以外から観客を集めること事態が既に祭りではなくショービジネスになっているのである。

5.単純な商店街必要論では失敗する

 結論をいうなら、商店街が今までそこに存在していたから今後も存在させなければならない、といった単純な商店街活性化論はかえって失敗するのではないかと思う。
 商店街の活性化を必要とするならば、まず
  @その商店街は周辺住民、市民に必要とされているのか
  Aその商店街の存在意義を商店街の構成員が自覚しているのか
の確認が必要である。そのことが不明確なまま、街文化や街並み保存の観点からだけでアプローチしたのでは結局は他人まかせ、お上頼みの一時的活性化に終わってしまうと感じる。
 「規制緩和」の代償として出された、商店街活性化諸施策の補助金がつきると萎んでしまうような活性化ならば、なまじ期待感だけを持たすだけで、結果として被害者をつくるだけになってしまい、やらない方がよかったということにもなりかねない。
 今打ち出されているTMO方式(Town Management Organization)も、まず自分のところの商店街が必要とされているのかどうか、また必要性の復活の可能性はあるのかを、商店街の人達だけで考えるのではなく、周辺市民も巻き込んで考えることから出発すべきだと思う。そして、本当に必要とされているのであれば、周辺市民とともに、商店街だけを視野にいれるのではなくて、「共同生活圏づくり」という視点で取り組むべきだと思う。

 今は存在の既成事実だけで商店街必要論を説く時期ではない。と同時に、商店街の商人達も、お上の政策に唯々諾々の姿勢は改めるべきである。いま商店街が衰退していった大きな原因は、規制緩和という名目ですすめられた大型店舗法の骨抜きである。規制緩和という大ナタで、一番にねらわれたのが、政治的に無力な(ある意味で政治家に従順な)商人と農民と未組織の労働者なのである。いつの世もただ従順なのは、適当に利用され、そして適当に切り捨てられていくのが宿命ではないだろうか。

                      99. 8. 5



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