No16. 2001年は1999年、2000年に続く年でしかない
=世紀末と終末思想を重ねて振りまく無責任=


                       99. 9. 4  藤島公平 

 最近、世紀末を控えて「世紀末」を「世界の終末」と重ねることで、危機意識を煽る現象が増えている。
 これらの現象は今に始まったわけではなく、昔から何度も時々に蒸し変えされてきた現象で驚くに値しない。

 ノストラダムスの予言なるものがその最たるものだ。この予言を信じる者達は「予言通り、世界のどこかで自然災害や戦乱や混乱が起こっているではないか」という。曖昧な表現で災いの発生を「予言」して、それと必ずと言ってよいほど世界のどこかで起こっている災害や戦乱と結びつけるのは容易なことだ。人としての恥さえ捨てれば誰だって「予言」できる。
 私に言わせてもらえば、人類史上、世界のどこにも災害も戦乱も混乱も無かった年があったら、逆に教えてほしい。そんな年は皆無に等しい。「予言者」とその信奉者に言いたい。地球上で自然災害も戦乱も全く無い年を言い当てたら信じてあげてもいいよ、と。

 現在は年代的表現としては確かに世紀末である。しかしそれはヨーロッパ的な年代の刻みの単位を世界が統一的に採用しただけにすぎない。1999年は2000年の前の年であり、2000年は2001年の前の年でしかない。
 世紀末と終末思想とを重ね併せることも過去の歴史が否定的に教えている。世界の歴史に残る激動の事件は世紀末とは何も一致していない。近代の歴史に大きなインパクトを与えた激動の事実、例えばフランス革命、第一次世界大戦、ロシア革命、第二次世界大戦、ベトナム戦争、石油危機、ドル危機、ソ連の崩壊など、どれをとっても世紀末とは無関係である。これらの出来事においては、当事者であった階層の者にとっては、まさに「終末」的な大事件であったはずなのに...。

問題はこんな安手のサギ的言動にだまされる人間がいることの方が問題である。

 確かにだまされ易い土壌はある。現代は過去の価値観では簡単に判断できないような様々な社会現象が起こっている。安全第一といわれた銀行が破綻し、一生大丈夫と安心していた大企業が倒産したり、まさかと思っているうちにリストラという名の首切りが襲う。政治家も官僚も節度などクソクラエのていたらく。国の借金も天文学的数字になりながらも、銀行には大判振る舞い。振る舞われた銀行がすぐに倒産し、銀行が借金の踏み倒しを堂々とやる......。まさに世も末の現象である。

 だからと言って「終末」としてしまうことが問題なのだ。

 終末思想の裏に隠された危険性がある。一方では現状への諦め、現状からの逃避、未来への努力の放棄という消極的な方向に行く者がいることである。これらの者達は現状の混乱に責任を取るべき者達にとっては救いの神だ。すべてを諦めてくれるというのだから、たまらなく嬉しい存在である。

 他方では終末から救い出す、神的な存在、カリスマ的存在、独裁者を求める積極的に危険な方向に行く者達だ。現代人は過去の歴史を知っているのだからそんな馬鹿なことがあるか、と思うなら甘い。また軟弱な現代人にそんな力はないと思うのも甘い。過去の歴史は独裁者の出現を何度も繰り替えしてきたし、軟弱な人間ほど、強い者、権威のある者、神的な存在に弱いのである。軟弱な人間ほどロボットに転化するのは人一倍早いのである。
 これらの者達は、経済危機から逃れ出る方向は、経済の軍事化しかないと思う勢力にとっては都合のよい存在である。カルト集団を作りたければつくればよい。それらの組織犯罪を防止するという名目で民主主義を制約できる。そして国民総動員的な大事業も可能になる。すでにガイドライン、盗聴法、国民総背番号制、国旗国歌法などの小道具はそろっているのだから、後は仕込み待ちといったところだ。その仕込みに一役かってでる存在が出てくるということだ。

 終末思考は一般社会でも悪影響をバラまくことになる。

 「諦め派」は仕事においても、社会生活においても当然に無責任になり、社会の秩序への消極的破壊者となっていく層である。このような層が増えると社会の活力はますます減退する。
 「カリスマ派」はカルト的集団に簡単に入り、オウムのような組織が増えていくことになるだろう。あの、いかがわしく、知性のカケラも感じさせない、ただの髭ズラのオッサンが、神のように慕われ、その命令で人殺しまでやってきたのである。常識的に理解しようとするのが無理な存在になる。

 いずれにしても、最悪のシナリオは実現させてはならないが、終末思想は百害有って一利もなしである。マスコミが視聴率稼ぎのために、終末思想の伝道者となるような愚を犯さない節度をもってほしいと思う。
 また企業経営者も、自らが終末思想に犯されていたのではどうしょうもないが、若い従業員に対して見て見ぬふりをせず、終末思考を積極的に否定して、逆に将来の夢を語れるようになってほしいものである。「現状で夢どころではない」と反論があるかも知れないが、最悪の現状だからこそ将来に夢がもてるのだ、というプラス思考で頑張ってほしいものである。

                      99. 9. 4



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