No20. 官と世間の感覚のずれ
    (社)地域発展計画研究者機構の「ニュースレター」に掲載した文書より

                       99.10.26  藤島公平
 

 ある時、日銀の現役の方の講義を聴く機会があった。演題は日本の金融システムについての現状と、なぜそうなったかの原因と今後であった。その方は日銀の中枢に近い企画室にも所属し、銀行を検査する考査局にも所属していたというから日銀の実状について知る重要なポジションにいたことになる。

 なぜ日本の金融システムがかくも厳しい現状となっているかの説明のなかで、「護送船団方式」の弊害とバブル崩壊による担保価値下落を大きな原因としてあげている。

 「護送船団方式」によって銀行は倒れないという神話が生まれ、銀行が預金・貸金の量的拡大経営ばかりに目がいって、経営革新を怠ったからだという。

 しかし私は「護送船団方式」は何も銀行側だけに甘い汁を与えたわけではないと思う。「護送船団方式」の環境の中で、戦後なぜかくも金融機関が増えてきたのか、なぜかくも多くの金融機関が存在し得たのか。それは大蔵省と日銀がそれぞれの勢力を金融界に拡大させようとした結果でもあったのではないか。銀行を倒産でもさせると、その銀行に影響力のある大蔵又は日銀にとって勢力が削がれる結果となる。だから無理にでも倒産させなかった。また倒産すべき状態の銀行を検査する立場にある大蔵と日銀がそれを意図的に隠蔽したとも考えられる。その辺りの話は一切なく、銀行側の経営体質のみに話が行った。

 バブル崩壊による影響についても、地価、株価等の下落で担保価値が下落したことを強調していた。しかし、仮に銀行が営業資金を融資していたとした場合、新たな融資については担保価値を問題にしたかも知れないが、既存の融資については返済さえ有れば、担保価値がどうのは直接は関係ないはずである。担保価値の下落だけが貸付債権の焦げ付きに結びついたような説明には納得がいかなかった。
 そうではなく銀行自体が迂回融資の形でノンバンクを通して不動産や株を買い漁ってバブルに踊った当事者であったという説明がない。その監視する役目にあった当事者としては話せないことなのか。

 そして今後の事について、富士・第一勧銀・興銀の統合や住友・さくらの合併の話から、その再編の動きはいずれ地銀にも波及するであろう、その為には金融業のスリム化が必要である、とのんきなことを言っていた。長銀をはじめ、日本の証券、信託や製造業の大手が次々と外資に吸収されていく昨今の現状を、金融を司る官庁の人がこの程度の読みと説明でよいのかと半ば愕然とした。

 彼はこうも言った。「他の先生達と違って、私が講義すると学生達は眠気がささない様だ。なぜなら私の話は生々しい実態を背景にもっていて、面白いからだ」と自慢と、半ば他の先生達への皮肉の混じった言い方である。
 それはそうであろう、警官や税務署員など秘密に係わる現場に従事する人の話は、きっと生々しい話で面白いはずだ。特に社会の実体験を持たない学生にとっては小説よりも面白く聞こえるであろう。「だからそれがどうしたの」と言いたくなる。内容に筋が通った話があって講義なわけで、面白い話をするだけならタレントでも出来る。その程度の方が日銀の中枢にいるのかと思うと情けなく思った。

 官の視点はやはり世間の視点と違っているのだ、だから矛盾の渦中にいながらもその矛盾を感じなくやっていけるのだ、と実感した。

                         99.10.26



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