2001. 11.12 藤島公平
現在小泉内閣の元で特殊法人改革が着手されている。そのことには諸手を上げて賛成だが、与党自民党内には予想されたとおり「反対者続出」という現象も起きており、先行き不透明といった状態だ。
道路公団の問題に象徴されるように、当初計画があって現在未着工の高速道路網の整備について凍結を主張する行政改革省と、それに真っ向から反対する主張として、未着工部分も国が公約したものだから責任をもってすすめるべきだとする自民党内の大物議員や地方の知事の意見もある。
問題は整理して考えられなければならない。
なぜ特殊法人である道路公団の解体民営化がいわれているのか。
@ それは道路公団が道路族といわれる族議員と組んで、半永久的に仕事ができる仕組みをつくるために全国に道路網を張り巡らす計画を立てたこと
A 道路公団が道路から上がる様々な権益から我が物顔で甘い汁を吸ってきたこと
B 国の財政危機で道路公団がつくってきた莫大な借金をこれ以上増やせないこと
C 役人の天下りの温床となり、非効率的な体質になっていること
などの理由からである。
問題は甘い汁を吸うことが容易にできたこと。またその甘い汁に集まる寄生虫が多くいたことが問題なのだ。そのことには何が何でもメスを入れなければならない。他の特殊法人もまたしかりである。
道路公団は一端解体し、既に完成されている道路についての借金の返済をすすめることと維持管理に責任をもつ団体としてこじんまりした組織にすればよい。返済計画ができない場合は過去の公団役員の退職金の返還も含めて税金投入や道路代の値上げでない方法をとるよう監督官庁は指導すべきである。「痛み」は甘い汁を吸ったものから優先的に味合わせるべきである。
その上で、今後も道路の整備が必要というのなら整備すればよい。ただしその整備費用と維持管理費の捻出計画をたて借金の償還計画が責任の所在をしっかりした上で立てられるのであれば問題はない。その場合、道路整備による経済効果を過大に評価しようと、整備費用が水増しされて過大に膨れ上がろうとそれはその関係者の責任で処理されればよいこと。
ところが国が約束したから国がやるべきとする議論には、その道路整備による失敗の場合の責任の所在をあいまいにする体質を今後も引き続きつづけようとする議論にしか思えない。
国の約束違反を言い出せばきりがない。各地での開発行政の失敗やバブルの煽り行為、金融ビッグバーンに代表されるような金融不安の拡大。国というものは時の政府を構成する者たちによって性格付けられるわけで、国の約束そのものがそもそも当てにならないものである。
問題はそのことに盲目的に乗ってきた地方政治にも責任がある。
今回のことを反省して、本当の地方政治の原点に返ることが小泉首相の言う「痛み」にあたるのかどうかは知らないが地方政治が味わうべき「痛み」である。
そして繰り返すが「痛み」はいびつな構造の中で甘い汁を吸ってきたもの達からまず優先して味合わせるべきであって、甘い汁を吸った覚えもない一般の力の弱いサラリーマンや老人に先に味合わせるのは本末転倒している。