No60.「サラ金」化する銀行 旧「住専」の再現か

                             2004. 6.28  藤島公平

 最近、大手の銀行が消費者金融大手と資本・業務提携したとのニュースがありました。また、りそな銀行では、提携する消費者金融会社が見つからないのか、自らが無担保個人ローンを展開すると発表しています。
 一部の銀行では、本体の銀行とは別に、名前の似通った別会社を設立して、融資先には本体の銀行からの融資のように誤認させて、実は別会社から本体銀行よりも数倍高利で融資をしている事実があります。
 「誤認させて」と書きましたが、銀行側に言わせれば「ちゃんと説明した」と言い逃れをするのかも知れません。しかし、融資を受ける側にとっては、融資担当者も融資の窓口も同じですから、当然本体の銀行であると思うのは至極当然です。誤認しないほうがムリな話です。

 なぜそのようなことが進んでいるのでしょうか。まさに選別融資のためだと思います。

 業績の良い会社や資産価値のある会社は本体の銀行が融資し、少し危ない企業や個人には別会社を通して高利で融資する。もし、焦げ付いた場合の回収は、別会社の消費者金融の経験のある職員によって強引に取立てを行う。強引さに世間から苦情が出ても、「あれは別会社です」と言い逃れる。もっと言うならば、本体の銀行で不良化した債権や不良化と認定されそうな債権を、「新たに融資しますから借り替えましょう」と持ちかけて、不良債権を別会社に付け替える。

 こんな話、どこかで聞いたことありませんかね。そうです、バブル末期に発覚した住宅専門金融機関、いわゆる「住専」で同じようなことがありました。バブルの末期に資産価値がはじけて下落したため、結果として不良債権を持つことになった銀行は、融資先に、子会社の住専、または影響力のある住専からの融資と借り替えさせて、自らはドロを浴びることから回避して、全てのドロ、アクタを住専に押し付けたことです。

 住専は「金融機関のゴミ捨て場」と当時言われました。

 いま金融機関が産業発展のための資金供給機関としての役割を自らかなぐり捨てて、利ザヤだけ稼ぐ道と、危険を回避する道ばかりに意識が向いているのではないかと危惧します。
 金融監督庁は、金融機関の不良債権をほじくり出すことばかりに血道を上げるのではなく、金融機関の社会的使命にも目を配るべきだと思います。金融機関に社会的使命があればこそ国家予算を使って資本注入までしたのではなかったのでしょうか。



戻る